身の程知らず、大判カメラへの野望(の始まり)
月刊カメラという雑誌がある。中身は中高校生向きのカメラ雑誌だ。
この雑誌の投稿欄に、当時、最も高かったカメラ、ニコンF3に関する事があった。
確か当時の価格は16万円、35mm一眼レフではずば抜けた高さといってもいい。こんな高価なカメラを社会人のわしでさえ、買うのに躊躇するものを中高校生のお兄ちゃんたちはなぜか平気で手にしているのである。
このお兄ちゃんたちの会話は、たとえば、カメラショーなんかでも、
「ねえ、オリンパスはどう思う。」
「何〜、オリンパス? と〜ても、とても!。だいいちプロが使っているかよ〜〜!」
と、要するに、坊やたちは完璧な高級ブランド主義なのだ。
当時、カメラを改造して、昆虫写真を信じがたい程鮮明に写していた、わしのひそかに憧れていたカメラマンに栗林慧さんがいた。
栗林さんの写真はどうみても普通の人が撮れるような写真ではない。
メーカに頼らず必要とあれば、自分で機材を改造してしまうプロ中のプロなのだ。
その栗林さんの果敢に使われていたのがオリンパスOM-2である。
栗林さんが、オリンパスOM-2を使っていたのは当時TTLストロボの威力を必要に迫られて早くも気付いていたからである。
つまり、プロはここぞというところで実をとるのである。
わしは、坊やたちのような、高級ブランドというより単に高いだけのカメラより、実を取る事を考えた。最初に目がいったのがマミヤ二眼レフである。ちょうどその頃、マミヤC220で中央アルプス山岳写真を撮っているプロのカメラマンの写真が月刊カメラに連載されていた。
そのカメラマン今はどうしているか。ブロニーサイズといえば、他にペンタックス67超高級ブランドだとハッセルブラッドがある。
C220の価格はブローニーフイルムを使うカメラとしては、その当時手に入る最も低価格のカメラといっていい。こういうカメラで、写真雑誌に掲載された事に感動を覚えた。このカメラマン、がんばれー〜〜
わしの中古でそろえたC220,レンズ広角55mm,標準80mm,望遠180mm合計で6万ちょっとだったか。
初めてのブローニーといい、左右逆像のファインダーも想像以上に奇麗でまさに感激ものだ。マニュアル機なので、露出計も初めてスポットメータを買った。このスポットメータなるもの、慣れるといかにたよりになるかを初めて知る。なにしろ、どこを計ってどういう結果になるかが一目瞭然だからだ。
平均測光や、中央重点では、どこを計って何を基準にしてるかがさっぱり分からない。
5月の連休、蝶ケ岳から180mmで写したポジを当時めちゃくちゃ高かったCBPプリントでノートリミング大全紙に引き延ばしてみた。こ〜〜〜れはまさに感激物といっていい。!!!!
同時に比較のために、わしの持っていたオリンパスOM-2Sで、コダクローム64で写したものをノートリミング全紙で引き延ばしてみた。
結果は一目瞭然、これを見てしまえば、もはや35mmで、全紙に無理がある事は一目瞭然である。(粒子が荒れてもかまわない被写体なら別だが。
いかに、35mmの超高級カメラニコンF3といえども、廉価版カメラのブローニーフィルムの質感には勝てっこないのである。
つまり、6万円のカメラが、16万円のカメラに勝つのである。
ファ〜ッハッハッハッハ〜〜〜!!!!!!
それからのわしは、→マミヤユニバーサルプレス→そしてそして、身の程知らずの4×5インチカメWISTA45N、サブカメラとしてフジカ69N→トヨフィールド45Aとばく進する。
いずれもこれらのカメラは当時の馬鹿高いカメラニコンF3の価格を超えていなかったと思う。
つまりわしは、35mmの馬鹿高いカメラよりも実をとったんだわ。今でもわしは、たかが、35mm如きにとっても高価なお金を掛ける気にはなれんのだわ。
どうお金をかけたって35mmはあくまで35mm、絶対に中判、ましてや大判の質感に勝てっこなし。まあ速写性では、35mmに部があるものの、わしには、普及価格帯で十分だなわ。
あっ、わりい〜〜わりい〜〜〜ここのオーナー及び、他の投稿者は35mm超高級ブランド志向なんだっけ。
気を悪くするなよ〜〜(^^;)
とはいうものの、4×5インチカメラの一回シャッターを切るときの経費は、最低でも500円するんだわ。(>_<)独りもんじゃないと、無理だわな。
次回、マミヤユニバーサル→WISTA45N他に続く。かもな。
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