◆ 新太雪 |
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諸家 谷口むつ
私が子供の頃やった。くわしい話はずっとあとに人から聞いたわけやわね。
十二月の十三日頃やったと思うけど、朝はちらちらちら雪が降っとたぐらいでね。
新太郎っていう馬喰が女衆とコズハラからこちらへ山越えして、商いに来ておったの。
牛をひいて江州の方から、新穂峠を越えてね。
商いすませて帰るころも、雪はちらちら降っとんたんやけども、奥に行ったら、だんだんひどい降りになって、どんどん積もってくるもんで、とても峠越えられんと思って、諸家へ戻ろうとしたけど、ひどい降りになってしまって、
小峠ていう所まで引きかえしたらね、もう動けんほど雪が積もってしまった。
そんでも新太さん、牛も女衆も連れとるで、何としても戻らないかんと思って、励ましあって必死に一寸きざみに下りたけど、雪は積もるばっかで、腰まで積もっとるし、空腹と疲れで、とうとう新太さんはたおれてしまったってな。
女衆三人は心細うなるし、日は暮れるしで、
「兄、死ぬなや、死んでくれなや」
てって元気づけたけど、とうとう息をひきとってしまったの。
女三人と牛は身を寄せ合って温めあって、夜明けを待ってね、諸家まで必死にたどり着いたの、
雪はようやく止んで晴れ上がっとたの。
村の人に知らせて、ほいで村総出で小峠に向かって、新太さんをひとまず、村へ運んで、使いの者を江州へ行かせたの。
といても、五尺も八尺もの積雪じゃから、行きも帰りも一日がかりやった。
村ではお通夜をして、迎えに来た人たちにひきわたしたの。
とにかく、ひどい雪やったの、後にも先にもない雪やった。
ほいでみんなは、
「師走の新穂へは行ってはならん」
って、よう言ったけど、ああいうおそがい事があるでって、言い伝えているのや。
そいで、その時の大雪を「新太雪」って言うの。
※ 「坂内の むかし語り」 より
坂内村は岐阜県揖斐郡坂内村
諸家は坂内村の諸家地区
新穂峠は坂内村と滋賀県に繋がる旧道の峠の名前
江州は今の滋賀県の事
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